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経営者たるもの

2010/06/27


1.何が大事かを見極め、リスクを取る


2.即断即決する


3.人(後継者)を見極め、育てる


多くの経営者の方々との対話と、
複数の企業ヘンカクに携わった経験から学んだ、
基本動作3つです。




20:23 未分類 | コメント(1) | トラックバック(0)

志を抱くということ

2010/06/24
1週間半のインド出張から帰って来ました。

インドというところの熱気は、10億人という人口だけではなく、

実にその60%以上が29歳未満である
という「若さ」


から来ているように思います。

日本はもちろん、中国でさえも高齢化が進み、「老い行く」国が多い中、
まさに「これから」の国といえるでしょう。


ただ、一方で依然として、貧しい国でもあります。
ストリートキッズも、ムンバイでは本当に数多く見かけます。

人口の数%しか存在しない「豊かな家族」の子供として産まれなかった多くの人々にとって、
貧しさから抜け出す道は2つ。

1つめは、一生懸命勉強して、インドの難関大学であるIITに入ること。

ただ、これは勉強できるだけのお金がある人の場合にしかあてはまりません。

そうすると残る道はただひとつ。

映画やテレビでスターになること。

アカデミー賞を受賞した「スラムドックミリオネア」は、そんなインドで人気のテレビ番組、
「クイズミリオネア」に出演したスラム出身の主人公のお話でした。

実際、インドの人気番組、アメリカンアイドルならぬ「インディアンアイドル」には、そのオーディションに、数百万人が行列をつくるのだそうです。

「この貧しさから抜け出したい」
「少しでも豊かになりたい、幸せになりたい」


そういう強い想いと、夢を抱いて。


もともと日本が戦後目覚ましい成長を遂げたのは、
今のインドの人々と同じように、

「少しでも豊かになりたい」
「幸せになりたい」

という、本当に純粋な強い思いを、志を、ハングリー精神を
誰しもがもっていたからかもしれません。


ふと気がつくと、今の私たちは、
自分が何を求めているのかが、見えなくなっているような気がします。


インドや中国にあって
日本にはないもの。

明治維新の志士たちにあって、
今の日本の政治家にはないもの。

高度成長期に飛躍的に世界に飛び出していった日本企業にあって
今の日本企業に欠けているもの。


それは、

未来に対する強い思い。希望。
そして、「志」なのかもしれません。



10:33 企業ヘンカク | コメント(0) | トラックバック(0)

誰をバスに乗せるのか

2010/05/23
ゴールデンウィークぼけですっかりサボッておりました。
さて、気を取り直して。

さて、最近よく思うのは、
ヘンカクって

「誰をバスに乗せるのか」

がやっぱりすごく大事なんだなあ、
ということです。

ベストセラーになった
「ビジョナリーカンパニーの続編、
飛躍の法則」
には、

成功している企業のパターンには2つあるのだと分析していました。

ひとつは、

「一人の天才を1000人で支えるモデル」


要するに、創業者がすごいカリスマだったりして
天才経営者としてぐんぐんとリーダーシップを発揮し、
成功するモデル。

最近日本で元気な企業は、このパターンが多いですね。

ユニクロの柳井氏。
ソフトバンクの孫氏。

このモデルの特徴は、一人の天才がビジョンを決めて、
明確な方向性を示し、
かつその天才のカリスマ的リーダーシップにより
その方向性を実現する手だても設計され、実行に移されるという事。

ダントツに速く、突破力のあるモデルともいえると思います。

ただ、このモデルの難しさは

天才がでるかどうかは偶然の産物である(再現性が乏しい)」ということと、
「長続きしないこと」。


一人の天才が去ると、急激にしぼんでしまうリスクがあるということです。

では、一人の天才がなかなか出てこないなかで成長、
飛躍し続けるモデルはあるのかというと、
実はあるらしいのですね。それがもう一つのモデル。

それは、

「バスの目的地を決める前に、誰をバスに乗せるかを最初に決めるモデル」>

です。

このモデルで大事なのは、順番と、やりかたです。

ステップ1
「適切な人をバスに乗せる」

ステップ2
「不適切な人をバスから下ろす」

ステップ3
「あとはバスに乗っている人たちで行き先を決める」

つまり、何をすべきかよりも「誰を選ぶか」に重きをおく、ということ。

人々がバスに乗ったのが「目的地が気に入った」のだとしたら、
急に行き先を変えなければいけなくなったら当然問題がおこる。

でも、人々がバスに乗ったのが「同乗者が気に入ったから」であれば、
行く先を変えるのははるかに簡単だし、わざわざ「動機付けを一生懸命やる必要もない」。

いくら「素晴らしい目的地」を設定しても、同乗者が不適切なひとばかりでは、
その目的地にたどり着くのは至難の技です。

実は「天才モデル」は、天才がいる間は、天才がそれを必然的に、自然にやっているモデルなので、
両者のモデルは、短期的にみると本質の部分には変わりがないともいえます。

では、

「どうやったら適切な人をバスに乗せることができるのか。」

これをきちんとやることがどれだけ難しいことか。。

このところの政権交代後の有様を見てみても、
その難しさを感覚的に理解できますね。


何を置いても、
「誰をバスに乗せるか」が重要なのだ、

ということを意識して、
そこに最大の注力をする。

情報収集。
人事。採用。
人の育成。

特にリーダーとなる人達を選ぶ時には、
絶対に妥協してはならない。

適切な人を適切な席に配置する。

そして、不適切な人は、
例え痛みを伴ったとしても
早くバスから降りてもらう。


組織のリーダーや経営者の、最大の責任は
実はそこにあるといっても過言ではないのかもしれません。



誰をバスに乗せるのか。

参議院選挙も近いですね。
私たちがしなければならない決断も、
もうすぐそこに来ています。







14:27 企業ヘンカク | コメント(0) | トラックバック(0)

トルストイの言葉

2010/03/28
「今何が問題なのか」
「どこを変えなければならないのか」

自分の企業のヘンカクのこと。
日本という国の将来のこと。


そういう質問を投げかけられると、

大体多くの場合、皆それぞれ一様に
非常に強い問題意識をもっている。

皆、何が問題かも、
分かっている。

冷静に批判もするし、
意見もする。


でも、自分自身が本気でそれを変えるのだと
具体的なアクションを起こし、どんな困難をも乗り越えて
なんとか変えてやろう、という人は、
余りに少ない。


「誰もが世界を変えたいと思っているが、
誰も自分自身を変えようとしない」

(トルストイの言葉)


どうしてなんでしょうか。

なぜ、問題の所在は分かっているのに、
なかなか動けないのでしょうか。

「XXXが悪い、XXを変えなければならない」
と、いくらでも批判はできるのに、
そして、
自分だけではそれを解決できない理由、
それをやるのは、自分じゃないだろう、という言い訳は
いくつも思い浮かぶのに、

どうやったら出来るのかを考え、
自分自身が具体的に動き、
周りを巻き込んで実行することは

なぜこんなに難しいものなのでしょうか。

どういう具体的なきっかけ・条件が揃うと、
ヒトは自分をヘンカクし、周りを巻き込んで大きなヘンカクのうねりを作ることができるのか。



ちなみに、最近の脳科学では、

脳の感じる「報酬系」には、
経済的なものだけでなく、
社会的評価や、問題が解けたときの充実感が大きく影響していることが
分かっているそうです。

サルがご褒美にジュースやバナナをもらったときに活動する部位と同じ部位が
ヒトが社会的評価を得たり、問題を解けたときにも働く。

そのような「報酬」の予測や期待があるから、ヒトはその方向に行動し、また
その「報酬」に近づくように自分を学習させていく。

本来は、「問題を解く」ことに対して、ヒトはそれを幸福=報酬だと思える素地があるのに、
それが報酬系に作用するほかの要因:「社会的評価」や「経済的効果」とうまく折り合わないと、
ヒトの脳は、「分かっているけど、動けない」状況に陥る。


大事なことは、自分自身がそれら3つの折り合いをつける解決策を見出し、
「報酬予測=問題が解けるイメージ」を作り上げられるかどうか


おそらく、それをサポートするために、
必要な外部刺激や外部環境もあるのでしょう。

(ちなみに、体が疲れていると、脳の報酬予測をつかさどる部位の機能は低下するのだそうです)


その謎を、感覚的な議論ではなくて
多面的に、構造的に紐解いていくこと。


今私が取り組もうと思っている、一番のテーマです。









01:17 企業ヘンカク | コメント(2) | トラックバック(0)

(非)常識人力

2010/03/21
あまりに忙しくて
しばらくブログをサボっていましたら、
最近なぜか複数の方に

「なぜアップしてないんだ!!」

とお叱りを受けてしまいまして(涙)

そんなに読んでいただいているとは知らず、びっくりするやら恥ずかしいやら。。

でもがんばって一念発起、これからはあまりサボらずにアップしていきたいと思います。
どうぞよろしくおつきあいください。


さて、最近気付いたことなんですが、

私は実は、大変な(非「常識人」)ファンです。


記憶に残る、気になる方々は「(いろんな意味で)予想を裏切るヒト」ばかり。


例えば、「起業が趣味」といって3年ごとに会社を立ち上げて
(なぜか、というか見事にというか)年商数億円の企業にしながら
でも大きくなると「何か新しいことしたくなった」といって引退し、
自分はまた起業するという不思議なエネルギーとバイタリティの塊のような某氏。


超硬派の大企業役員で、普段は近寄りがたい威厳をお持ちで、
即断即決の剛腕であられるのに、現場と部下をこよなく愛し、
なぜか自衛隊フリークかつ可愛らしいキャラクターグッズの愛好家でもあられる某氏。


こういう方々とお話させていただくと、
思いもよらなかった
新鮮な視点や刺激的な気付きに
数多く出会います。


私などは、こういう非凡な方々と比べると
なんと凡人なんだろう、と思っていたのですが。

この間十数年来の友人からこんなひとこと。

「かんこさん(私のニックネームですが)の特色は、「(非)常識」ですね」

え、そ、そうなの?

たしかに、
家事は得意でないし。整理整頓は下手くそですし。
確かに、たまに後先考えず、信じた道を突進することもありますが。。。
たしかに、よく振り返ってみると、フツーの人ならやらないことを何度かしでかしてしまったことも。。

たとえば、高校時代、大学受験のために上京するにあたり、
なぜか「往復の交通費とホテル代がもったいない」といって
大学の近くのアパートに引っ越して、
一人暮らししながら受験してみたり。
(まだどこも合格してもいないのに。、、、今考えるとどこも合格しなかったらどうするつもりだったんだろう・・・)


でも、、
よく考えると、うちの両親もよくそれに反対しなかったなあ、と思ってみたり。

私の両親など、常識人を絵に描いたような人なのに、、です。


ひょっとしたら、もしかすると、

結局、「常識人」と「(非)常識人」という人種がいるわけではなくて、

誰しも、必要なときは常識的な言動をするけれど、
ここぞとうとき、
それが必要だと思えば、だれが何といおうと、
誰しもが「(非)常識」人になる、
ということなのかもしれません。


確かに、ヘンカクということで考えてみても、

何かを変えていくということは、
それまでの「常識」を覆すこと。


いつもは常識人でありながらも
根っこには誰しもが
ゆるがない自分を持っていて、
いつでも「(非)常識人」になれる



今まで人間が進化し、経済が進化し続けてきたのは、
そういう人々の底力が
なしてきた業なのかもしれません。


それまでの常識を覆し
まわりの予想を良い意味で裏切れる
「(非)常識人力」。

常識人のベースをもちながらも
自分に無理にタガをはめることなく、
この「(非)常識人力」を如何なく発揮し続けるひとが、
なぜか記憶に残り、人々を惹きつけ、
新しい風を巻き起こすのは

きっと、偶然ではないのでしょう。


「(非)常識人力」。
きっと誰しもが
底に秘めている力。


わたしももっと、もっと、
磨いてみたいと思います。








19:47 企業ヘンカク | コメント(0) | トラックバック(0)
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